日銀の利上げペースの拙速な加速

米国:雇用は堅調も利上げを急ぐ根拠には乏しい
8月の米国雇用統計では、非農業部門雇用者数が前月比16.2万人増と3月以来最大の伸びとなり、6月・7月分も合計5.5万人上方修正された。

失業率は4.1%と前月から横ばいだった。ここ数ヵ月の雇用回復は設備投資を中心とした堅調な内需を反映しているとみられ、およそ2年間低迷していた製造業も3ヵ月連続で雇用が増加するなど、足元では持ち直しの動きがみられる。もっとも、FRBのウォーシュ議長はジャクソンホール会議での発言も含め、インフレ率の水準そのものよりも「2階微分」(モメンタム)を重視する姿勢を示してきた。

前月比でみた消費者物価のモメンタムは鈍化基調にあり、中長期のインフレ期待も安定している。さらに、堅調な雇用環境や賃金上昇がインフレに波及するリスクを否定していることも踏まえれば、少なくとも9月のFOMCで利上げを決断する根拠は乏しいだろう。


米国国民所得に占める企業利益と雇用者報酬の割合
出所:FRB、NBER、クレディ・アグリコル証券

失業率が低水準で推移している背景としては、移民の減少や高齢化に伴う労働供給の縮小、企業が解雇に消極的であることなどがしばしば指摘される。これに加え、国民所得に占める雇用者報酬の割合、すなわち労働分配率の低下も一因として考えられる。その裏側では企業部門の所得シェアが拡大しており、利益率の上昇や株価の上昇となって表れているとみられる。

こうした労働分配率の低下と並行して、ストックである家計純資産をめぐる上位10%とそれ以外の層との格差も拡大している。背景には、中間層への所得分配比率の低下に加え、上位層が多く保有する株式の価値上昇や、中間層の資産の多くを占める住宅の価格上昇率の鈍化などがあるとみられる。

フローの指標である労働分配率の低下と、ストックの指標である家計純資産における中間層以下への恩恵の縮小は、いずれも消費の基調的な伸びに下押し圧力をかける。

消費トレンドの鈍化は経済成長率を抑制し、結果としてインフレ率、ひいては政策金利にも影響を及ぼす。両指標が低水準で推移し家計の消費余力の弱さを示唆しているのであれば、政策金利にはそれに応じた引き下げ余地があることになり、この意味で両指標は大まかながら中立金利の代理指標として捉えることができる。

実際、両指標にPCEデフレーターの前年比上昇率と2%のインフレ目標との差(「インフレギャップ」)を加えてFF金利を推計すると、家計消費に重きを置いた「中立金利」は金融危機後の長期停滞期の水準を上回る一方、1990~2000年代の水準は依然として下回っていることが示される。


米国家計純資産とFF金利推計値
FF金利=-14.5+0.07労働分配率(%)+0.38 家計純資産(下位90パーセンタイルの割合)+0.42インフレギャップ(PCEデフレーターと2%の差);R2=0.46
出所:FRB、NBER、クレディ・アグリコル証券

雇用の伸びの鈍さを補うほど賃金が上昇して雇用者報酬全体が力強く増加するか、政府による家計支援策が打ち出されない限り、家計消費の伸びは低調な状態が続く可能性が高い。家計消費の伸びが鈍い状況ではインフレ圧力も高まりにくく、現行のFF金利は家計消費の観点からみれば依然として「引き締め的」な水準にあることが示唆される。

日銀の利上げペースの拙速な加速

  *   秋の臨時国会の序盤では、食料品の消費税率引き下げの法案が審議される。これまでは9月中旬の召集となるとみられていた。この法案の審議から年末の政府予算案の決定まで、日銀の利上げが影響を与えてはならない政治的に極めて慎重を要する期間となり、日銀の利上げの窓は閉じていた。

しかし、秋の臨時国会の召集が10月上旬まで延期されそうだ。結果として、9月の日銀の利上げの窓が開いたことになる。日銀の次の利上げの予想を、来年1月からこの9月に前倒す。

来年1月までは四半期程度に一度の利上げとなり、その後、半年程度に一回のペースに戻るだろう。利上げペースの拙速な加速は、経済成長率の下押しとなるだろう。

高市政権の日本経済再生を経て、2029年までに、政策金利は2.5%のターミナルに達する予想に変更はない。利上げペースの拙速な加速は、経済成長率の下押しとなるだろう。

  *   政府は、日本成長戦略において、「需給ギャップは0%近傍となったが、景気は十分に強くなく、地方や中小企業まで景気回復の実感はまだ広がっていない。成長の果実が一部の高所得層や大企業、都市部に偏ることなく、中低所得者、中小企業、地方にまで広く行き渡るよう、国内投資を全国に拡げ、地域の産業・雇用・所得を底上げしなければならない。」とした。


企業貯蓄率と内閣府需給ギャップ
注:GDPの基準改定に伴いバブル期を含む1995年以前の需給ギャップは+5を上乗せ
出所:日銀、内閣府、クレディ・アグリコル証券

4-6月期に+0.7%となった需給ギャップを、官民連携の戦略投資と産業政策による投資需要の拡大で更に押し上げ、景気回復の果実を国民に届けようとしている。需給ギャップ0%は過去の弱いトレンドに追い付いただけで、景気回復は十分ではなく、需給ギャップ0%を基準とする過度な緊縮志向を断ち切ろうとしている。
  *   バラマキではなく、投資需要の拡大による需給ギャップの押し上げは、将来の供給能力を拡大するため、高市政権で初の骨太の方針で示された「2%の物価安定目標の実現の下で、できるだけ早期に、実質で1%を上回る、名目で3%を上回る経済成長を定着させ、更に引き上げていく。」ことの実現につながる。日銀に対しては、「「経済財政運営は「強い経済」の実現を目指しており、そのためにも「安定的な物価上昇」の実現に資する適切な金融政策運営を伴うことが非常に重要である。日本銀行法第4条及び政府・日本銀行の共同声明の趣旨に沿って政府と緊密に連携することを期待する。 」とし、「「強い経済成長と安定的な物価上昇の両立」のデュアル・マンデートを求めている。

  *   日銀の展望レポートの見通しは、2%程度の物価上昇率の安定の下、実質GDP成長率が0%台後半で弱い。この状況で9月に利上げに踏み切り、ペースを半年程度に一回から四半期程度に一回に拙速に加速させれば、実質GDP成長率は目先0%台半ばの潜在成長率なみに抑制されてしまうリスクとなるだろう。

CACIBの実質GDP成長率の2027年の見通しも、+0.8%から潜在成長率なみに下方修正することになるだろう。日銀の拙速な利上げにともない、実質GDP成長率の見通しは2025年の+1.2%、2026年の+0.8%、2027年の0%台半ばと減速が続くことになる。実質GDP成長率の1%台への到達は、日本成長戦略と骨太の方針が織り込まれる政府予算による、官民連携との戦略投資と産業政策の推進の効果を待つことになる。

専門用語解説

非農業部門雇用者数

米国の景気動向を測る上で最も重視される経済指標の一つ。農林水産業などを除いた企業や政府機関などの雇用者数の増減を示し、景気の良し悪しをタイムリーに反映する。

失業率

働く意欲と能力を持ちながら仕事に就いていない完全失業者の割合。景気が良くなると低下し、悪化すると上昇する景気の遅行指標。

FRB(米連邦準備制度理事会)

米国の金融政策を決定・実施する中央銀行制度の最高意思決定機関。金利の調整や通貨供給量の管理を通じて、物価安定と雇用の最大化を目指す。

ジャクソンホール会議

毎年8月下旬に米カンザスシティ連邦準備銀行が主催して開催される、世界的な経済シンポジウム。世界中の主要中央銀行の総裁や経済学者が出席し、今後の金融政策の方向性を占う重要な発言が飛び出すことで知られる。

インフレ率の「2階微分」(モメンタム)

物価の上昇率そのものではなく、上昇率の「変化の勢い(スピード)」のこと。インフレが加速しているのか、それとも落ち着きつつあるのかというモメンタム(勢い)の強弱を示す。

FOMC(米連邦公開市場委員会)

FRBが定期的に開催する金融政策決定会合。政策金利(FF金利)の引き上げ・据え置き・引き下げを議論し、米国の金融政策の方向性を決定する。

労働分配率

企業が生み出した付加価値(利益や人件費の合計)のうち、どれだけが従業員への給与や賞与(雇用者報酬)として還元されているかを示す割合。

中立金利

景気を過熱も冷え込ませもしない、理論上の「中立的な」政策金利の水準。インフレ率を安定させつつ、経済が潜在成長率通りに成長できる金利を探るための目安とされる。

PCEデフレーター

個人消費支出(PCE)の価格変動を測る物価指数。FRBが金融政策においてインフレ目標(2%)を判断する際、消費者物価指数(CPI)以上に重視する傾向がある指標。

FF金利(フェデラルファンド金利)

米国の中央銀行であるFRBが政策金利として誘導目標を設定する、金融機関同士が資金を無担保で超短期貸し借りする際の金利。米国のあらゆる金利の基準となる。

日銀(日本銀行)

日本の金融政策を担う中央銀行。物価の安定を図るため、政策金利の引き上げや金融緩和などの金融政策を決定・実施する。

ターミナル・レート

利上げサイクルが最終的に到達すると予想される政策金利の最終着地点(ピーク水準)。

需給ギャップ

日本国内全体の「モノやサービスの需要」と「供給できる能力」の差を示す指標。需要が供給を上回っていればプラス(インフレ圧力)、下回っていればマイナス(デフレ圧力)となる。

骨太の方針

政府が経済財政運営の基本方針や中長期的な経済政策の方向性を示すために毎年夏頃に閣議決定する重要文書(正式名称:経済財政運営と改革の基本方針)。

デュアル・マンデート(政策的責務)

中央銀行に課された二つの重大な使命。米国などの場合は「物価の安定」と「雇用の最大化」の両立を指すが、作中では高市政権が日本銀行に対して求めている「強い経済成長と安定的な物価上昇の両立」の意味合いで使われている。

展望レポート

日本銀行が年4回(1月・4月7月・10月)公表するレポート。景気や物価の現状評価と、今後数年間の見通し(物価・GDP成長率など)が示される。

潜在成長率

国が持つ労働力や資本などの経営資源をフル活用した場合に、インフレを加速させることなく持続的に達成できる最大の経済成長率。

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