中央銀行の独立性は通貨の強さを支える根幹
n 日銀に対し、安定的な物価上昇と強い経済成長の両立を目指す「デュアルマンデート」を政府が付与することについては、政治的圧力による利上げ抑制につながるとの批判もある。しかし、これは日銀法第4条(「その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」)が定める政府との連携義務の枠内にある政策的選択であり、物価安定のみを単一の責務とするECB(欧州中央銀行)型から、物価安定と最大雇用の双方を責務とするFRB(米連邦準備制度)型への転換を試みるものだ。当然ながら、デュアルマンデートの下でも、FRBは独立している。中央銀行の独立性とは、政府の短期的な政治的思惑から切り離された政策運営を意味するものであり、法律に基づく政策目標の枠組みを政府と共有すること自体は、独立性の毀損には当たらない。
n 政府は「骨太の方針」において、「強い経済」の定義を明確化した。すなわち、「2%の物価安定目標の実現の下で、できるだけ早期に、実質で1%を上回る、名目で3%を上回る経済成長を定着させ、さらに引き上げていく」というものだ。これは、日本経済が目指すべき姿を数値で示した点で重要な意味を持つ。日銀法第二条の「通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」の定義も明確化したことになる。一方、日銀が公表した展望レポートによれば、2026年度から2028年度にかけての実質GDP成長率の見通しはそれぞれ+0.6%・+0.8%・+0.8%にとどまり、政府が掲げる「実質1%超」の目標には届かない水準が続く見込みだ。
n 経済成長の回復はいまだ道半ばと言わざるを得ない。他方、物価上昇率の見通しは同期間を通じて2%台で推移すると予測されており、物価安定目標を大幅に上回る過剰なインフレ懸念はない。政府は、官民連携の戦略投資の拡大によって、日本経済を再生し、「強い経済」を実現しようとしている。戦略投資の拡大の進捗に従って、日銀が政策金利を徐々に引き上げ、企業が貯蓄超過から投資超過に転じた時には、実質政策金利がマイナスを脱する方向性であると考えられる。「物価は安定しつつも成長は弱い」という非対称な状況で、戦略投資の拡大の進捗がまだ不確かであることこそが、デュアルマンデートの文脈で日銀の政策運営を難しくしている本質的な課題である。
n 政府と日銀が法的枠組みの下で政策目標を共有し、連携して経済運営に当たることは、正常かつ健全な姿である。しかし、外国政府による内政干渉に等しい圧力によって金融政策が変更されるならば、それは中央銀行の独立性を根本から毀損する。そして、外圧に対して脆弱な中央銀行を持つ国の通貨は、市場の信認を失い、長期的に強くなることはない。共同通信によれば、日米両政府が実施した28年ぶりの異例の円買い協調介入が実現した決め手は、日銀の植田和男総裁が「9月以降の早期に政策金利を引き上げる」と強く示唆したことだったという。複数の日本政府関係者は、「利上げの遅れが過度な円安を招き、さらなる物価高と長期金利の上昇が世界金融市場に波及することを米国が懸念していたためだ」と説明した。さらにある高官は、「植田氏の発言は米側に高く売れた。一方で、日銀は次回9月17・18日の金融政策決定会合で利上げ以外の選択肢を取れなくなった」と語ったとされる。
n また、日米財務相が為替介入に関する共同声明を公表した後、真偽は定かではないものの、米国が日本政府に対し日銀への利上げ促進を水面下で要請したとも報じられた。ベッセント米財務長官は、日本の長期金利上昇に連動して米金利も上昇すれば米国経済を冷やしかねないと危惧していたとされており、米国側にも日本の金融政策に介入する動機があったことが示唆される。仮に外国政府の介入によって日銀の利上げが事実上強制されたのであれば、日銀の金融政策の独立性は深刻に毀損されたと言わざるを得ない。問題はそれにとどまらない。今後の利上げ局面においても、「これは外圧によるものではないか」という疑念が市場に根付いてしまえば、利上げは円高修正の材料として機能しなくなる。それどころか、独立性を失った中央銀行への不信感が、円の信認低下を通じてさらなる円安圧力を生み出すという逆説的なリスクを招きかねない。中央銀行の独立性は、それ自体が通貨の強さを支える根幹であることを、改めて認識する必要がある。

